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● エピファニーの由来 クリスマス期間(12月24日夕方〜1月5日夕方)が終わった直後、1月5日の夕方から「エピファニー(公現祭)」が始まります。エピファニーは、通称「マギ(Magi)」と呼ばれる「■東方の三博士」がイエスの元へ来訪し、イエスを「神の子」として認めたことをお祝いする行事です。 この三博士はユダヤ教徒ではなく、ゾロアスター教の司祭であったと言われているので、この日は、イエスが異教徒も含め、すべての人の前に救い主として公に現れた(公現した)ことを記念する日として祝われることになりました。そこで、エピファニーは一般に「公現祭」と訳されているようです。
● エピファニーの日付と「12夜」 「クリスマスの12日」と呼ばれるクリスマス期間が終了するのは、1月5日の日没ですから、エピファニーは1月5日の日没から始まることになります。 そこで、エピファニーに入った1月5日の夕暮れ以降は、クリスマス・ツリーなどのクリスマス期間の飾りを一斉に取り払う国や地方が多くあります。 一般には深夜の0:00までを「1日」と考えますから、「12日目」である1月5日は、日没まではクリスマス期間、日没以降の「夜」はエピファニー、という両方混じった日となります。特に夜は宗教的にはすでに「エピファニー」なので、イギリスなどでは「■12夜(Twelfth Night)」という言葉がエピファニーの夜を表す語なっています。さらに「12夜」を迎える日という意味で、エピファニー自体も「第12日目」と呼ばれています。したがって、英語で Twelfth day という時は、「エピファニー(1/5の日没以降1/6も含む)」を意味しているのであり、「クリスマスの12日の最終日(1/5の日没まで)」のことではありません。 ● エピファニーの祝い エピファニー当日以降、4月ごろのレント(四旬節)まで「エピファニーの季節」が続きます。この季節の主題は、イエス自身の神としての顕現(Manifestation)です。「顕現」これは「エピファニー」というギリシア語の本来の意味でもあります。ほとんどの教会では、この季節には聖書を読み、祈りをささげ、イエス・キリストの神の子としての顕現を祝います。 ちなみに、エピファニーを象徴する色は「緑色」とされています。 ところで、「顕現」というのは「神が人間などの姿をして現れる」という意味で、本来は「公現」というより「降誕」と考えた方が妥当な印象もあります。実際、古代では「エピファニー」は「降誕」という意味で用いられていたようで、この祝日が定着していたアレキサンドリアでは、この日を「イエスの誕生日」だとしていていました。やがて西方から「クリスマス」という祝日が伝わった時、「エピファニー」は「イエスが神の子として認められた日」という現在の意味になったようです。(参考:「■クリスマスの起源と日付」)東方教会では、現在でも「クリスマス」を認めず、ユリウス暦1月6日のエピファニーをイエスの誕生日とするところもあります。 ドイツやオーストリアでは「公現祭」を重要な日として祝日にしています。またスペイン系の国々もこの日を大切にしていて、「エピファニー」にあたる1月6日の「三王の日」には、三博士がラクダに乗って贈り物を運んで来てくれることになっています(後述)。さらに、東方教会の中には、古いしきたり通り、現在も「クリスマス」を認めず、ユリウス暦1月6日をイエスの誕生日とするところもあるようです。 ● エピファニーの言い伝え 「東方の三博士」に関するエピファニーの言い伝えは、新約聖書「マタイによる福音書」に書かれています。それによると、来訪した博士たちは「星に導かれ」てイエスの元へ訪れ、「■黄金」、「■乳香(にゅうこう)」、「■没薬(もつやく)」の ■三つの贈り物 をイエスに手渡したことになっています。 この「星」が後に「■ベツレヘムの星」として有名になったものです。そして、博士たちの持ってきた三つの贈り物が、クリスマスにプレゼントをする習わしの元になっていると言われています。 ところで、聖書によると、マギたちはイエス礼賛の途中でユダヤ王国のエルサレムへ立ち寄り、ヘロデ王に会見してイエス降誕の日時を洩らしてしまいます。このマギの行動には、多少不可解さが残ります。というのは、それが原因となって、ベツレヘムでの幼児虐殺という悲劇が起こり、イエスの家族はエジプトへの逃避行を余儀なくされることになるからです。 聖書からその部分を見てみましょう。
一方、マタイによるこのエピファニーの逸話は、すでに旧約聖書の頃から「預言」されていたと言われています。その預言の箇所は、旧約聖書「イザヤ書」第60章8節に書かれている次の言葉です。 多くのらくだ、ミデアンおよびエパの若きらくだはあなたをおおい、シバの人々はみな黄金、乳香を携えてきて、主の誉を宣べ伝える。「イザヤ書60章8節 より」おそらく記録者マタイはこの預言を意識していたのでしょう。しかし、イザヤ書には書かれていない「没薬」が追加されているわけですから、そこに「意識」以上の出来事があったのかも知れません。 また、エピファニーでは三博士はらくだに乗ってやってきている絵が描かれることがよくありますが、実はこれも、この「イザヤ書」の預言が元になっているようです。(上の抜粋からもわかるように、「マタイによる福音書」にはらくだについての記述はありません) そこで「三王礼拝の図」でもらくだが描かれることが多いようです。また、プエルト・リコなどではプレゼントを運んでくるのはこの「三博士たち」で、子供たちははるばるやってくるらくだたちのために干し草を用意して待つことになっています。 ● エピファニーの意味 上にも書いたように、三博士はユダヤ教徒ではなく、ゾロアスター教の司祭であったと言われています。その異教徒がイエス・キリストを救世主として公に認めたということは、非常に大きな意義がありました。事実、この日を祝う1月6日の「公現祭」は、イエスがすべての人に救い主として公に現れたことを記念する日とされていて、イエスの救世主としての普遍性が認められ、同時に異教徒である三博士がキリスト教文化の中で伝統としても確固たる地位を得たことを表しています。 さらに、三博士は、青年、壮年、老人という人間の3つの時期を表わし、3つの贈り物もキリストの生涯の局面を象徴的に言及するとされています。つまり、黄金はキリストの王権、乳香(香料)は祭司職を、防腐処理用の没薬は受難と死を意味していると言われています。 ● その他の祝日 この季節のイベントとしては、次のようなものがあります。 1月6日:エピファニー当日 エピファニーの直後の日曜日:主の洗礼の祝日 東方正教会、ローマ・カトリック、ルター派教会、イギリス国教会、プレスビテリアン(長老派)教会、メソディスト教会などでは、この日はイエスがバプテスマのヨハネから洗礼を受けた日となっています。 2月2日:「マリアの清めの祝日」 「ルカによる福音書」2章22-24節によると、旧約聖書「レビ記」12章2-8節にある「清め」の儀式をするため、マリアはイエスを神殿へ連れて行き、生け贄を捧げます。仮にイエスが12月25日に生まれたとするなら、レビ記に記されている日数から、この日は2月2日ということになります。したがって、この2月2日は「マリアの清めの祝日(The Presentation Day)」とされています。 なお、「レビ記」12章2-8節と「ルカによる福音書」2章22-24節に書かれている内容を読み比べると、マリアとヨセフが生け贄の小羊には「手が届かなかった」ことが分かります。聖家族はきっと裕福ではない生活を送っていたのでしょう。 |
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