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● ベツレヘムの星 「マタイによる福音書」2章2節、同9節には、■ マギは「星に導かれて」イエスの元へ訪れたと書かれています。この星が一般に言われている「ベツレヘムの星」です。数多くのキャロルでもこの星について歌われています。 では、「ベツレヘムの星」とは一体何だったのでしょう。 マギはゾロアスターの司祭で、星の運行に秀でた者たちだったと言われています。特殊な星の並び(それは惑星ですが)となる時を計算で割り出し、そのような時期に「王」が生まれるという言い伝えから、遠く故郷を出発してはるばる西へ西へと「王」を捜し求めたのではないか、と考えられています。そういう意味では、「ベツレヘムの星」は実際に夜空に輝いた星ではなく、「星の計算によってイエスの元へ辿り着いた」ということを象徴的に表したものだった、とするのが一般のようです。これが正しいとするなら、この星のことについては、あまり深く立ち入らないほうが賢明かも知れません。 ただ、マタイは博士たちの口を通して「東の方でその星を見た」と記録しています。これを忠実に解釈するならば、星は「実際に輝いていた」と考えることが素直でしょう。そしてそうだったとする説ももちろんあります。 それらの説では、超新星爆発だったとか、惑星の会合であったとか、いろいろ主張されています。 ● 紀元前7年の天体ショー ところで、昔ニューヨークのヘイドン・プラネタリウム(Haydon Planetarium)が、ある興味ある事実を発見しました。冗談半分にイエスの降誕したころのベツレヘムの空を再現したところ、三つの惑星が非常に近くに集まっていることが確認されたのです。この時の詳細な記録が現在手元にはありませんが、おそらく木星、土星、とあと一つの惑星(天王星?)だったのでしょう。 最近では優秀なプラネタリウムのソフトがありますので、それを用いて調べてみると、紀元前7年2月13日に金星と木星がほぼ完全に重なり、2月24日には金星と土星がほとんど重なった位置にあったことが分かります。さらに6月中頃に会合した木星と土星は、なんと年末までずっと離れずにうお座と水瓶座の間で留まっていた様子も容易に見て取れます。この現象は794年に一度しか起こらないというものでした。(日本語版画像提供:K.S.)
● マギたちはこの現象を知っていた これはソフトだけではありません。マギたちがいたと思われるバビロニアのユーフラテス川流域には、シッバルという都市があり、そこには最古の天文台が残っています。その天文台に、紀元前8年末に作られた翌年(すなわち紀元前7年)の予測星暦が保存されています。その粘土版の記載を調べると、最新のソフトが計算した結果とほとんど同じ事がちゃんと書かれています。そこにはうお座で前後5回起こる木星と土星の会合が事細かに述べられ、ほとんど正確な日付まで読み取れたといいます。 こんなにも星の運行を知り尽くしていたマギたちならば、この天文現象が794年に一度しか起こらないことも知っていたでしょう。そして、それを救世主の誕生の徴だと考えても不思議ではありません。 さらに、そこには占星術的な意味もありました。この時代のバビロニアでは、木星を「世界の支配者の星」、うお座を「世界の終末の星座」と考えていました。さらに、土星は「パレスチナの星」として知られていたものです。これらを重ねあわせると、当時の天体の配置は「パレスチナに世界の最後の支配者が現れる」と解釈されることは容易に想像がつきます。 もちろん、「ベツレヘムの星」が「惑星の会合だった」と言うつもりはありません。最新の研究では、イエス生誕は紀元前4年ごろとされていますので、これでは日時が合いません。しかし、この天の現象がマギの旅立ちをいざなった理由の一つであったことはおそらく否定できないでしょう。 |
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