関連曲

曲名順
推薦順
特集記事

推薦



midi


trans




この曲の想い出
投稿数: 1

閲覧/投稿
candle

O Come, O Come,
Emmanuel

オ・カム・オ・カム・インマニュエル
(賛美歌94番)

曲メモ




O come, O come, Emmanuel
And ransom captive Israel
That mourns in lonely exile here
Until the Son of God appear

Repeat:
Rejoice! Rejoice!
Emmanuel shall come to thee, O Israel!

O come, thou Dayspring, come and cheer
Our spirits by thine advent here
Disperse the gloomy clouds of night
And death's dark shadows put to flight

(Repeat)

O come, thou Wisdom from on high
And order all things, far and nigh
To us the path of knowledge show
And cause us in her ways to go

(Repeat)

O come, Desire of nations, bind
All peoples in one heart and mind
Bid envy, strife and quarrels cease
Fill the whole world with heaven's peace

(Repeat)



● 日本の歌詞の歌い出しです

「ひさしくまちにし」

久しく待ちにし 主よ、とく来たりて
御民(みたみ)の縄目(なわめ)を 解き放ち給え

主よ、主よ、御民を 救わせ給えや・・・

−− 対訳を作成中 −−


memo

O Come, O Come, Emmanuel

作詞:不詳。9世紀のラテン語の讃歌。
英訳詞:ジョン・メイソン・ニール
    John Mason Neale(1818-1866)
作曲:不詳。15世紀のフランスの音楽。原題「Veni Emmanuel」
編曲:トーマス・ヘルモア、1854
    Thomas Helmore(?-?)

七つの偉大な「O」

9世紀ごろ、七つの「偉大な合唱曲(Antiphons)」もしくは、七つの「偉大な"O"」と呼ばれる曲が、アドヴェントの夕べの祈り(vespers)の時、マリアの賛歌(Magnificat)の前後に修道院で歌われていました。

Magnificat は「マグニフィカト」、マリアの賛歌のことで、夕べの祈りで歌われる中心的な歌です。伝統のある歌で英語では、sing the Magnificat at matins という成句にも登場するほどです。

▼ sing the Magnificat at matins
matin は「朝の祈り」。つまり、「朝の祈りに夕べの祈りを唱える」という意味で、「時季はずれ、場違いのことをする」という意味で使われているようです。


七つの「偉大な"O"」というのは、「O」の字から始まり、それに聖書述べられているイエスの名前を呼びかける賛歌のことで、二部編成の合唱曲でした。そして、七つの呼びかけというのは、

1.「O Sapientia(知恵)」
2.「O Adonai(主)」
3.「O Radix Jesse( エサイの根)」
4.「O Clavis David(ダビデの鍵)」
5.「O Oriens(太陽の昇る地)」
6.「O Rex Gentium(異教徒の王)」
7.「O Emmanuel(神は我らと共に)

でした。


聖書に書かれた「預言」
この「来(きた)れ、来れ、インマニュエル」とは、旧約聖書に書かれているイエス降誕の「預言」ふまえています。
● 見よ、おとめがみごもって男の子を産む。その名はインマヌエルととなえられる。 (「旧約聖書イザヤ書」7章14節)




ダ・ヴィンチの「受胎告知」
読書するマリアの元に天使ガブリエルが告知に現れています。
インマヌエル(インマニュエル)とは、「主は我らと共にあり」という意味で、上に書いた七つのキリスト(救世主)の呼び名の一つとされます。キリスト教では、これをイエスだと解釈しているわけで、イエスの降誕はこの「預言」を踏まえて描かれることが多いようです。

例えば「受胎告知」の絵は、告知の天使ガブリエルが現れて、マリアがイエスを身ごもったことを告げる(聖告)ところが描かれますが、その折り、マリアは読書をしている形で描かれることがよくあります。これはマリアに「旧約聖書」を読ませることにより、その告知がイザヤの預言に他ならないことを暗示するためだと言われています。
くわしくは → クリスマス・ギャラリー「受胎告知」

この歌は、この旧約聖書のイザヤの預言を踏まえ、その降誕を待ち望む人々の気持ちを歌った美しいテキストになっています。


万人に愛された美しい翻訳と旋律

ジョン・ニール(John Mason Neale)のラテン語からの翻訳は、五つの聯(stanza)から出来ています。これは1851年に英国で作られ、多くの人に愛され、アドヴェントの季節に広く歌われました。

ニールのオリジナルの翻訳では、

Draw nigh, draw nigh, Emmanuel

という歌い出しでしたが、それから後、多くの人がニールのオリジナルに手を加え、今日見るような

O Come, O Come, Emmanuel

という歌詞に落ち着きました。

この曲の透き通るような美しい旋律は、もともと「Veni Emmanuel」という題名の15世紀の行列賛歌 (processional) の一つで、フランスの聖フランシスコ女子修道会に伝わるものでした。この曲は1854年、トマス・ヘルモア(Thomas Helmore)により賛歌の形に編曲されました。彼はこのメロディをポルトガル、リスボンの国立図書館にあったフランス語のミサ典書から採ったと書いています。


不遇の晩年を送った翻訳者ニール


ジョン・ニール
ジョン・ニールのラテン語やギリシャ語からの美しい翻訳は、人々の信仰心を掻き立て、賛歌の唱和を豊かなものにしました。しかし、ニールはイギリス国教会から謂れのない不遇の生活を強いられた悲劇の聖職者でもありました。

ニールは1841年、イギリス国教会助祭 (deacon) に任ぜられ、82年には司祭 (priest) となりました。しかし、彼がケンブリッジ大学で学んだことが、彼と当時のオックスフォード運動とを結び付けるきっかけとなりました。

オックスフォード運動 (Oxford Movement) とは、初期にはトラクト運動 (Tractarianism) とも呼ばれていたもので、簡単に言えばカトリックの復興を目指す運動でした。1829年、カトリック教徒解放令が出さてイギリスでのカトリックの信仰は認められる前後、この運動はカトリックの教会や権威や支配および儀式を重んじる、いわゆる高教会(High Church)の教理を取り入れようとする運動に発展しました。

イギリス国教会内部でも、高教会派と低教会派 (Low Church) とに分かれ、この運動は彼の上位にいた一部の聖職者たちにとって、はなはだ面白くない運動となりました。しかし、ニールはこのオックスフォード運動を強く支持し、このため彼は自分の昇進を犠牲にすることになります。

1846年、彼はサキヴィル (Sackville) 大学の管理者に任命されます。しかし、これは学術的な大学ではなく、貧困者のための隠居の施設のようなものでした。いわゆる「左遷」のような仕打ちだったのでしょう。彼の上位にいた聖職者たちは、この不名誉な転任によりニールの名声を挫き、その影響力を消滅させ、彼のことさえ忘れさせようとしたと思われます。

しかし、その結果はどうなったのでしょう。今日ニールはイギリス国教会によって名誉ある位置に置かれ、その指導的役割を高く評価されています。ニールの翻訳した多くの讃美歌や賛歌は、英語を話す国々のすべての讃美歌集に載せられ、イギリス人の誇りの一つになりました。消え去ったのは、ニールではなく、彼に対する不名誉な評価の方だったと言えるでしょう。

● ニールの他の曲:「Good King Wenceslas」


<絢>
 




CLICK TO HOME  Christmas Carols logo  Christmas Carols

FastCounter by LinkExchange